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神戸地方裁判所竜野支部 昭和55年(ワ)100号 判決

原告 国

代理人 坂本由喜子 安居邦夫 野口成一 ほか四名

被告 株式会社山陽宇佐美

主文

被告は原告に対し金四〇万八二二〇円及びこれに対する昭和五五年一〇月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行できる。

事実

第一当事者の申立

一  原告

主文一、二項同旨

仮執行宣言

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

被告敗訴の場合仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告

1  原告は訴外山名急送株式会社(以下滞納会社という)に対し、昭和五一年三月三一日現在金二九六万五五六五円(未確定延滞税を除く)の租税債権を有していた。

2  ところで被告(当時の商号株式会社山陽アポロ)は滞納会社に対して有していた債務名義に基いて静岡地方裁判所から滞納会社の訴外有限会社五洲運輸(以下第三債務者という)に対する売掛金債権金四一万一八五〇円につき債権差押及び取立命令(同裁判所昭和五一年(ル)第二九号、同(ヲ)第三四号)を得て同年三月五日第三債務者から差押債権全額を取立てた。

3  原告は前記租税債権の実現のため、同月三一日同裁判所に対し国税徴収法八二条に基づく交付要求をしたが、被告は債権取立届をせず、同年四月一七日債権差押取立命令の申立を取下げた。

4  原告は第三債務者から取立てた金員を留保し、利得しているが、原告は右金員につき配当を受ける権利を有していたのであり、しかも原告と被告以外の債権者はないから国税徴収法八条の規定により被告に優先して取立金額の全部につき配当を受けられたものである。

したがつて被告はもともと原告に配当されるべき第三債務者から取立てた金員を法律上の原因なく不当に利得しているものであり、原告にこれを引渡すべき義務がある。

5  よつて被告に対し右取立金から共益費用金三六三〇円を控除した金四〇万八二二〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  被告

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち原告の交付要求の事実は知らない。被告は直ちに取立届を送付したが、途中なんらかの事故により裁判所に到達しなかつたものと思われる。被告が債権差押取立命令を取下げた事実は認める。

4  被告は当然取得すべき金員を取立てたものであつて不当利得はしていないし、原告は積極的な損害を蒙つていない。もともと原告は滞納会社に対する徴税権の行使を怠つていたものであつて、その責任を被告に転嫁しようとするものである。強大な権力と組織をもつておりながら滞納会社の倒産状態を放置見逃し、あまつさえ被告が必死になつてみつけてきた餌を何もせずに横取りしようとするハイエナの如き行為は正義と公平を理念とする法の精神に反し、とうてい許されるものではない。原告は昭和五一年四月以降今日まで放置していた完全に眠れる権利を行使して本訴を提起したものであつて信義則に反し権利の濫用であつて失効の原則により認められないものである。

5  被告の債権差押取立命令申立事件は取下によつて完結していないから原告は配当のための供託請求の訴を提起すべきであつて、被告に対する配当金の直接請求は認められない。

第三証拠 <略>

理由

被告が滞納会社に対して有していた債務名義に基いて静岡地方裁判所に対し、滞納会社の第三債務者に対する売掛金債権四一万一八五〇円につき債権差押取立命令を申立て、その命令を得てこれを全額取立て、後右申立を取下げたことについては当事者間に争いがなく、右取立金員は被告が受領したままであることについては、被告は明らかにこれを争わないから自白したものとみなされる。

<証拠略>によれば、原告は昭和五一年三月三一日原告が同日現在滞納会社に対して有していた租税債権二九六万五五六五円に基づき前記被告の債権差押取立命令申立事件につき国税徴収法八二条による交付要求書を発送した(そのころ同裁判所に到達したものと推定される)ことが認められ、これに反する証拠はない。

原告は被告は債権取立届を提出しなかつたと主張し、被告は取立届は発送したが、なんらかの故障で裁判所に到達しなかつたと主張する。しかし、そのいずれにせよ原告の交付要求がなされるまでに債権取立届がなされたことの立証はない(なお証拠として援用されていないが、当裁判所が静岡地方裁判所に嘱託して取寄せた記録によれば、原告の交付要求書は昭和五一年四月一日裁判所に到達していること、被告から同月一七日に債権取立届が提出されていることが認められるが、債権取立届は交付要求の後であり、右の結論に変りはない)。

ところで、国税徴収法八二条に基づく交付要求は配当要求と同視され、配当要求は差押債権者が取立を届出るまでは、これをなし得るものであるから、原告の交付要求は配当要求としての効力を有したものと認められる。

さらに、配当要求があれば、差押債権につき取立命令を得た差押債権者は、執行裁判所の授権に基づく一種の取立機関として競合して配当に与かるべき全債権者のために第三債務者から取立をなすべきもので、この取立に応じてなした第三債務者の弁済は当然右債権者全員に対してその効力を生じ、当該被差押債権は全債権者に対する関係で消滅する一方、取立債権者は、その取立金を全員のために保管し、配当に与かる債権者の範囲が確定されれば、各債権者にその配当額を交付すべきものと解される(最高裁判所昭和四〇年七月二〇日判決)。

そうすると、原告の配当額に相当する金額は、もはや第三債務者から請求し得なくなつた原告の損失において、被告が法律上の理由なく利得しているものであるから、被告はこれを原告に返還しなければならず、このことは被告が取立てた金員をなお利得している限り、被告が債権差押取立命令を取下げたか否かは影響がないものといわなければならない。

しかして国税徴収法八条により、本件では原告の債権は被告の執行債権に優先するので、被告の取立てた債権のうち共益費用を除いた全額が原告に配当されることとなるのは明らかであるから、被告は原告に対し、被告の取立てた金員から原告の自認する共益費用金三六三〇円を控除した金四〇万八二二〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一〇月一九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるといわなければならない。

被告は本件債権差押取立命令は取下により完結していないから原告は配当のための供託請求の訴を提起すべきであると主張するが、配当について債権者の協議が整わないときは取立債権者において取立金を供託し、配当手続に移すこともできるが、そうしない限り、他の債権者は直接自己の配当額相当部分を訴求し得るものと解される(前記最高裁判決)ので取下の効力の有無について判断するまでもなく採用し得ない。

さらに被告は信義則違反、権利濫用の主張をするが、要するに被告が多大の努力をもつて自己の債権の実現を図ろうとしたのに、原告の交付要求によつてその努力が水泡に帰した口惜しさをいうにすぎず、右のような場合でも原告が交付要求をすることができ、しかも被告の執行債権に優先することは、まさに国税徴収法の定めるところであつて、他に特段の事情の主張立証のない本件では、単に交付要求のなされたことをもつて信義則違反ないしは権利濫用ということはできない。

さらに被告はいわゆる失効の原則を主張するが、本訴が提起されたのは昭和五五年一〇月一六日であつて、前記債権差押取立命令の取下げられた昭和五一年四月一七日から約四年六か月後であることが本件記録上明らかであり、右の程度では、被告において、もはや権利は行使されないものとの信頼の生じる程久しきにわたつて権利が行使されなかつたとも言えず、採用でできない。

以上の次第で原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用及び仮執行宣言につき、民訴法八九条、一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木純雄)

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